2012年11月29日木曜日

「シンガポールらしさ」の創造は可能か?T.H.E Dance Company の挑戦

以前シンガポールのギャラリー集合施設を紹介した際、観客が脱ぎ散らかした履物と見紛うインスタレーション作品の写真を掲載しましたが、上の写真は作品ではなく本物の観客の靴です。

シンガポールの文化政策は文化施設や助成制度などの一通りのインフラ整備を終え、シンガポールならではの「中身」を生み出す段階に突入しています。そこで問題となってくるのが「シンガポールらしさ」。国家としての歴史が短く、多様な文化的背景を持った人々が暮らすこの国では、「これぞMade in Singaporeの芸術文化!」と胸を張って言える表現がまだ確立されていません。今回は「シンガポールらしさ」を追求する、シンガポールのダンスカンパニーをご紹介します。

昨日は様々な芸術団体が入居するGoodman Arts Center(GAC)という廃校を利用したスペースで行われたT.H.E Dance Companyの公開リハーサルを見学してきました。上の写真は、リハーサルに訪れた観客が脱いだ靴です。観客は学生と思しき若い女の子が多く、GACに入居するほかの芸術団体のスタッフも何人か来ていました。

T.H.E.はKuik Swee Boon(芸術監督兼振付家)が2008年に立ち上げたシンガポールを代表するコンテンポラリーダンスのカンパニーです。設立者のKuikはスペインのCompania Nacional de Danzaでプリンシパルを務め、1991年からはシンガポールのバレエ団・Singapore Dance Theater(SDT)でもプリンシパルとして踊った経験の持ち主で、2007年にはアーツカウンシルからYoung Artist Awardを授与されています。

T.H.E.では西洋の技術を基盤にシンガポールの風土や社会状況を反映させたThe Human Expression(=T.H.E.)を目指し、国内外の舞台で作品を発表。メンバーはSDTやLasalle College of the Artsを卒業したシンガポーリアンが中心で、外国人ダンサーが多いSDTとは対照的な構成です。また、T.H.Eは若手育成のため16-29歳のダンサーで構成するT.H.E Second Companyも抱えており、地域や学校向けのプログラムも積極的に実施しています。

今回リハーサルを見学したのは韓国の振付家・Kim Jae Dukが振り付けを担当した“Hey Man!”という新作。上流と下流階層の対話がテーマで、和太鼓のような力強いドラムの音楽に乗せ男女6人のダンサーが力強さと緊張感に満ちた舞を披露しました。リハーサルということで衣装や舞台装置はなく、振り付けと音楽だけの上演でしたが社会的なテーマを反映してか、充分にドラマチックでメッセージ性の強い展開でした。個人的にはもう少し抽象度の高い表現が好みなのですが、本番の舞台で見たら印象が変わるかもしれません。間近で表現者に触れることで作品への関心を引き、本番の動員へ結びつける今回の公開リハーサルの試みは、初心者には内容が想像し難いダンス分野の鑑賞者開発にとても効果的だと感じました。

私がT.H.E.のダンスを見たのは今回のリハーサルが初めてですが、過去の映像を見る限り舞台の随所に”アジアらしさ”が強く表現されているように思います。舞台芸術では、国際共同制作で世界的に高い評価を得ているOng Keng Senの劇団TheatreWorksや、多言語・多文化社会を舞台上で再現するThe Necessary Stageが、「シンガポールらしさ」を創り出す表現者として期待されています。彼らと並んで、西洋式の確かな技術をもとに新たな表現を生み出そうとしているコンテンポラリー・ダンス・カンパニー・T.H.E.も「この国らしさ」を体現するには欠かせない存在となっていくのではないでしょうか。

言葉を介さない分、多様な観客層に訴えかける可能性も秘めているダンス分野で、中華系文化が色濃く反映された作品や単なるコラボレーションを越えて「シンガポールらしさ」を表現することは可能なのか。T.H.E.をはじめとするこの国のダンスカンパニーの挑戦に期待したいと思います。(齋)

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